おはようございます!
大村です。
お盆という事で、なつかしい同級生が連日来店してくれてありがたいです。
おたがいに歳をとっているので「おい!」とか「セージくん?」とか声をかけられないとなかなか気づくことができなくなりましたが、、、(みんな、きてます、きてます…笑)
それはさておき、今日も鳴かず飛ばずのブログを書いていきたいと思います。
お盆ということで、自分の人生の終わり方はどんな感じがベストなんだろう?、考えてみました。
今年55歳(ゴーゴー)、、、
あと10年、20年、30年、、どれくらい生きることができるのか?
もしかしたら、今日死ぬかもしれないし、明日死ぬかもしれません
そう思うと1分1秒もムダにできないな、と
なので、今日のテーマは「お盆の夜の思考」です。よろしくお願いします。
お盆の夜の思考
ご先祖様の皆々様方のことを想像すると
じいちゃんとばあちゃんがいてお父さんとお母さんがいるわけで
じいちゃんとばあちゃんにもそれぞれお父さんとお母さんがいて
と考えていたら、自分はめちゃくちゃ低確率な奇跡的な存在なんじゃないかと。
ご先祖様が命をつないできた一連の出来事がなければ、今の自分は存在しないし
いろんな困難のある中での選択、偶然の出会いや別れ、すべてが絶妙に組み合って自分という存在がうまれたんだろうなと思ったら、
無思考で生きたくないよな、と思います。
「いつまでも、誰かの事に腹を立てることはやめよう」
「くだらない人間との付き合いはやめよう」
「人をうらやましがることはやめよう」
低確率で存在している自分が、今ココに生きていること自体が奇跡的なことです。
自分たちが生きているコノ瞬間は、一見、断片的に見えるかもしれません。(自分の人生だけを切り取って見てしまいがちです)
しかし、自分の人生を大きな流れの中で考えたら
自分が生きているこの瞬間は、ご先祖様からすると長ーーーーい物語の一部にしかすぎないのではないかと。
ご先祖様の皆々様方が経験してきた多くの困難や喜びは、私たちに受け継がれ、未来の子どもたちにつながっていくんだろうな、と思いました。
まとめ
今日は「お盆の夜の思考」というテーマで書きました。
自分の人生を独立したもの、と考えるのではなく、ご先祖様から脈々と流れてきた長ーーーい物語の一部として考えよう、ということでした。
自分だけの人生だと、無思考で無責任な人生を送ってしまう事になると思うので。
ご先祖様から受け継いだバトンをしっかりと未来へ繋いでいくためにも
「一日一日を決してムダに生きない」
ということをココに記しておきます。
追記
戦国時代の武将は、毎日「遺言状や辞世の句」を書いていたそうです。「一日書いたら、ハイ、終わり~」じゃなく、毎日毎日書き換えていたんだと。それだけ、いつ死ぬか分からない時代だったんでしょうね。
私たちも戦国武将のように、毎日「自分の人生の終わり方」を考えると自分勝手なムダな生き方はしないのではないかと思います。
今日も忙しい一日になりそうです。頑張りましょう!
いつもありがとうございます。良い1日を!
人間どうせ死んでいくので後悔のない人生にしていきましょう!
おわり