松ちゃんが店に来ると、忙しい日常にちょっとした変化が生まれる。

彼は82歳。

今月初めに奥さんに先立たれた。

奥さんがいた時は思うように酒が飲めなかったせいか、

怒る人もいなくなってリミッターがはずれたせいなのか、

最近は朝から酒を飲んでいるようで、

少しだけよろめいた足取りで訪ねてくる。

週末の昼下がり、時計を気にしながら仕込みに追われていた。

午後1時。開店までには、まだ時間がある。

その時、店の奥で「パンパン」と手をたたく音が聞こえた。

「何の音だ?」と不思議に思い見て見ると、入り口に松ちゃんがたっていた。

「どーーしたんですか?」と声をかけると、

松ちゃんは、なぜか小声で「もういい?」と聞いてくる。

「何がですか?」と聞き返すと

「ビール飲んでイイ?」と

すっかり歯がなくなった口元をクシャクシャにして頼んでくるのだ。

「いやーー、いくらなんでも早すぎますよ。まだ、仕込み中なんで、ビールだけでも、ムリですね」

と断ると、しぶしぶ帰っていった。

それから1時間ほどたった頃、再び「パンパン」という音が響いた。

また松ちゃんだ。

今度は「ビール飲むだけでイイから」と懇願してくる。

松ちゃんの顔を見ると「ビールだけでイイって言ってるだろうが!」という殺気すら感じる。

まるでワンピースの覇王色の覇気をまとっているかのようだった。

その時、松ちゃんがポツリと漏らした言葉が心に刺さった。

「早くあの世にいきたいんや~、早くおばさんのところにいきたいんや~」

深い悲しみの底から出た言葉に違いないと思った。

それでも、仕込みに追われて、どうにもならなかった。

「お願いですから帰ってください」

とくり返し告げるしかなかった。

松ちゃんはしぶしぶ帰ったが、30分後も現れた。

ここまでしつこいと、コワくなる。

真空パック機と急速冷凍機のガーーーっという音に紛れて、

かすかに、パンパンと聞こえたような気がした。

まさかな、と思っていたら、僕の肩を後ろからちょんちょんとたたいてきた。

ふり返ると、亡霊のように松ちゃんが立っていた。

「うおぉーーー、ビックリしたな、もう」と思わず声が出た。

それにつられて母ちゃんもビックリしていた。

そこで、ついに母ちゃんがぶりギレた。

「仕込みで忙しいって言ってるでしょうが、帰りなさい!」

と一喝すると、松ちゃんはシュンと帰っていった。

その後は、さすがに松ちゃんが訪れることはなかった。

忙しさに追われる中ではあったが、松ちゃんの姿が頭から離れなかった。

寂しさが募り、奥さんを失った悲しみを抱えながら、それでも居場所を求めている松ちゃんの姿は、どこか哀愁を漂わせている。

松ちゃんが求めていたのは、ビールそのものではなく、誰かとつながり、話をする場所だったのだろう。

奥さんを失い、一人になった彼にとって、家にじっとしている時間は耐えがたいものだったのではないだろうか。

誰かと少しでも会話を交わすことで、自分がまだ生きていると感じたかったのかもしれない。

人は誰しも、孤独に耐えられるわけではない。

特に、高齢になり、周りから少しずつ人間関係が希薄になっていく中ではなおさらだ。

松ちゃんにとってのビールは、生きるための小さな灯火であり、店はその灯火を共有できる場だったのかもしれない。

仕込みに追われて、松ちゃんのさみしさに寄り添うことができなかった。

それでも、この出来事をふり返ってみて、

「あの時、もう少し話を聞いてあげることができなかっただろうか」

と思わずにはいられない。

仕事に忙殺される中で、目の前の人間の感情に気づけなかったのではないかと反省するのだ。

仕事に追われる日常は、私たちから大切な何かを奪ってしまうことがある。

松ちゃんのような存在に向き合う時間をつい忘れてしまう。

けれど、どんなに忙しくても、人と人のつながりを忘れてはいけないのだと思う。

松ちゃんが去った後の静けさの中、ふと思う。

人は、笑いながらも悲しみを抱え、その両方を心の中に宿して生きていく。その姿は滑稽でもあり、尊い。

次に松ちゃんが来たときは、少しだけ手を止めて話を聞いてみよう。

その時間が彼にとってどれほど大切なのかを、今なら少しだけ理解できる気がする。

そう思いながらも、今日も仕込みに追われる。忙しい日常が続く中で、少しずつでも人とのつながりを大切にしていきたい。

そんなわけで、やっぱり、今日も今日とて、やきとりです。

いつもありがとうございます。