「アタマに包帯をしっかりまいたまま、超真面目に走り抜ける」

そんな奇想天外な光景を思い浮かべると、思わず笑みがこぼれてしまう。

元妻から聞いた息子の一件は、我が家の伝説に新たな一章を刻む、

思わず笑ってしまうような出来事だった。

人と何が違うか、じゃなくて、人と何が同じかを考える。

その理由は、共通点が人と人をつなぎ、共感を生むからだ。

生まれも育ちもばらばらな人生の中で、共通点は少ない。

だが、だからこそ、その少ない共通点を見つけることで、私たちはお互いに心を開き、つながりを築くことができる。

そしてその共感が、人々の心に響き、何かを動かす力になる。

そう考えると、人が共感してくれるものを作りたいという思いが自然と湧いてくる。

それはとても難しいことなんだが、だからこそ挑戦する価値があると思う。

息子の行動を振り返るたびに、その思いがさらに深く胸に響いてくる。

そんな思いが強く胸に刻まれる。

息子の遅刻の確率は高いようだ。

最近の遅刻の理由が、めちゃくちゃ面白かった。

わが息子ながら、メッチャおもろいヤツだと思った。

その時の息子が遅刻した理由が「階段から落ちた」らしい。

しかも、アタマを打って包帯を巻き、病院にまで行ったというのだから、先生も相当心配したそうだ。

だが、次の日には何事もなかったかのように持久走大会で走ったというから驚きだ。

しかも、頭の包帯はしっかりまいたまま走って、しかも、めっちゃ早かったんだと。

まるで、その包帯が鉢巻きのようだった、と。

想像するだけで笑ってしまった。

元妻の言葉によると、おそらく自分でアタマに包帯を巻いたのだろう。

大げさなことを言わずとも、この出来事は私譲りの「どうにかしてやり遂げる」という、不思議と力強い精神を象徴するものではないだろうか。

自分で考え(あーーしまった、また寝過ごしてしまった、どーーしよーー、そうだ、階段から落ちたってことにしよう)、

自分で作業を行い(自分で包帯を巻く)、

自分で動く(自分で先生に説明する)。

その一つ一つの積み重ねが次へとつながっていく。

息子のこのひたむきな行動に、自分自身の姿を重ねずにはいられない。

ただ、この「何とかしよう」という行動には、ときどき「ちょっと恥ずかしいな」と思うこともある。

でも、そのおかげで疲れた心が少し軽くなり、自分がやっていることの意味を見つめ直すきっかけにもなる。

結果として、家族の絆を再確認し、日々の生活を前向きに進める力を与えてくれるのだ。

そして、この「何とかしょう」という作業意識は、毎日の自分の作業にも重なる。

どんな状況でも、家族に笑いを届けることを大切にしようと思う。

そしてその思いは、自分の仕事である焼き鳥屋での取り組みにもつながっている。

店に来るお客様の顔はさまざまだ。

仕事終わりにほっと一息つきに来るサラリーマン、

家族での食事を楽しむ親子連れ、

友人同士で語り合う若者たち。

それぞれの目的や背景が異なる中で、私が提供できるのは一本一本に心を込めた焼き鳥と、少しでもほっとできる時間だ。

息子がアタマに包帯を巻いたまま全力で持久走を走ったように、私もお客様に対して全力で「楽しさ」を届けたいと思っている。

息子のその無邪気で真剣な行動が、焼き鳥を焼くときの自分の気持ちと重なることに気づくのだ。

たとえば、お客様が一本の焼き鳥を食べて「おいしい」と笑顔になる瞬間、それは息子が全力で走り、周囲を驚かせた持久走大会の瞬間と似ている。

小さなことの積み重ねだが、それが人の心に響き、共感を生む。

これこそが私が焼き鳥屋として追求していることだ。

今日も、一本一本に心を込めた焼き鳥で、お客様に小さな幸せと笑顔を届けたいと思う。

息子の行動が教えてくれたように、一見不器用でも、真剣に取り組む姿勢が人を動かすのだ。

そんなわけで、やっぱり、今日も今日とて、やきとりです。

いつもありがとうございます。