息子に尋ねてみた。

「志望校には受かりそうなのか?」と。

彼は窓の外をボケ~っと眺めながら、指を三本立ててこう言った。

「三文字。」

「どういう意味や?」と聞き返すと、彼は得意げに答えた。

「よ・ゆ・う。」

プーーーー、思わず吹き出してしまった。

5教科100点の男がどのツラ下げて言ってるんだろう、と思った。

とはいえ、5教科で100点しか取れない男が、まるですべてを制したかのような余裕を見せる姿が、どこか滑稽で愛らしい。

どこから、その自信は出てくるのか?と気になった。

「その自信の根拠はなんだ?」

とさらに聞いてみた。

すると今度は手のひらを広げて見せ、「五文字。」

「どういう意味や?」

「受かるのよ。」

「プーーーハハハハハハ」

この短いやり取りの中で、彼が放つ自信に思わず圧倒されそうになった。

根拠があるような、ないような。

それでも、こうも堂々とした様子を見ると、「まぁ、いっか」と思えてしまう。

しかし、元嫁から聞いた話によると、5教科で130点に伸びているとのことだった。

最初に聞いた「5教科で100点」という成績からすると、大きな進歩だ。

「そうか、アイツはちゃんと努力しているんだな」

と感心すると同時に

「だから、あの自信なのか。」

と妙に納得した。

子どもは、親が思っている以上に成長していることがある。

それは時に、親が目にしない場所での努力によるものだ。

テストの点数が少しずつ上がることはもちろん、その裏に隠された小さな積み重ねも含まれる。

息子の場合、勉強机に向かう時間や塾での時間など、日々の努力が少しずつ身を結んでいるのだろう。

その証拠が「余裕」と「受かるのよ。」という彼の自信満々の言葉に表れている。

一方で、私の中には少しだけ不安もあった。

「自信持ち過ぎじゃね!?」

「受験をナメてるんじゃね!?」

そんな心配は、親として当然の感情だろう。

それでも、彼が自信を持っている限り、それを信じて見守ることが大切なんだと自分に言い聞かせた。

子どもたちが持つ自信は、親には見えないところで育まれる。

彼らは自分なりの努力をし、その過程で得たものを自信として表に出す。

それが時に根拠のないものであっても、その自信を尊重し、応援することが親としての役割なのかもしれない。

このエピソードを通じて、私は息子が見せる自信の裏にある努力の大切さを再確認した。

そして、彼が成長する過程を見守ることの幸せを感じた。

彼の「余裕」と「受かるのよ」という言葉が示すのは、タダの自信じゃなく、その背景にある小さな積み重ねと未来への希望だ。

受験当日が近づくにつれ、彼の「三文字」や「五文字」がどこまで通用するのかわからない。

それでも、彼が自分の力を信じて前を向いている限り、それを支えるのが親としての私の役割だと思う。

結果がどうであれ、彼の努力が報われる日が来ることを信じている。

最後に、こんなことを思った。

子どもが自信を持つ姿は、親にとって何よりも頼もしいものだ。

その自信が一時の気まぐれに見えても、

何の根拠のないものに見えても、

よく見ればそこには日々の努力が隠れている。

そのことに気づいたとき、彼の未来を前向きに信じられる気がした。

親としての役割は、子どもの成長を見守り、支え続けること。

その中で、子どもから学ぶことも多い。

息子が見せた「余裕」は、ただの自信ではなく、未来を信じる力だった。

そんな彼の姿勢を見て、私も肩の力を抜き、いつか三本指を立てて「余裕」と笑える日を目指しつつ、自分のペースで日々を楽しみたいと思う。

そんなわけで、やっぱり、今日も今日とて、やきとりです。

いつもありがとうございます。