「パワースラップ」って競技が、アメリカでは格闘技以上の盛り上がりを見せている、と聞いて「ウソだろ?」と思っていた。

ビンタだけで勝敗を競う競技が、そんなにおもしろいんだろうか?

格闘技より盛り上がってる?

意味が分からない。

しかし、先日行われた「ブレイキングダウン」でブレイキングダウン版のパワースラップが開催された。

最初は、興味半分でその映像を見始めた私だったが、すぐにその疑念は吹き飛んだ。

そのシンプルすぎる競技のビンタ対決に、ここまで熱狂できるとは思わなかった。

 

特攻服とビンタの熱狂

 

特に私の心をつかんだのは、シェンロンとレオの対決だった。

試合に特攻服を着て登場した二人は、お互いにマイクを握り、激しい罵り合いを繰り広げる。

その姿は、まるで格闘技の煽り映像のようで、単なるビンタの試合という枠を超えた「ドラマ」がそこにあった。

試合が始まると、一発ごとのビンタの音と衝撃に自然と息をのむ。

スローの映像を見ると、衝撃に備えながらも顔が引きつっているのがよくわかる。

強烈な衝撃で、大きく顔がゆがみ、

目も一瞬飛びそうになっている。

しかし、それに耐えきったら「全然、効いてませーーん」と余裕な表情を見せる。

めちゃくちゃ、おもしろいじゃん!

2発目、3発目、連続でシェンロンのビンタが、レオの目にあたった。

レオはとても目が痛そうだった。コレが反則を取られた。

この反則のお詫びにシェンロンが言った。

「3発連続で受けたる!」と。

レオもそれに応じた。

レオの強烈なビンタを受けるたびに、シェンロンの頬はみるみる赤く腫れあがっていく。

そして、3発目のビンタでレオがシェンロンをKO。試合は幕を閉じた。

その一瞬の緊張感とスリリングさは、他のどんな格闘技にも劣らないモノがあった。

シンプルだからこそ、選手たちの意地や覚悟、精神力が剝き出しになる。

その潔さに心打たれたのだ。

 

KOされた後の笑顔

 

試合後、KOされたシェンロンのコメントが特に印象的だった。

「完全に記憶が飛んだわ~。アレはヤバいな。最後はどう倒れたのかも覚えていない。次は10発連続で来イヤーっていえるくらい鍛え直してくる。それだけの話やで。分かるやろ~」と笑い飛ばしていた。

記憶が飛ぶほどの一撃を受けたにもかかわらず、悔しさや悲壮感ではなく、それを笑い飛ばす彼の姿はどこか清々しかった。

痛みや敗北を「次への糧」として捉えるその姿は、見ている者に勇気を与えてくれるものだった。

 

焼き鳥屋から見るパワースラップ

 

シェンロンとレオの試合を見ながら、自分の仕事に活かせることは何かないかな、と考えてみた。

焼き鳥屋の仕事も挑戦の連続だ。

一本一本ていねいに焼き上げ、お客さんに喜んでもらう。

その積み重ねの中で少しずつ腕を磨き、経験を積んでいく。

焦がしても、また焼き直せばいい。

挑戦し続けることに意味があるのだ、とシェンロンが教えてくれた気がした。

 

気まずい再会の夜

 

そんな挑戦を続けるなか、昨夜、ある会社の社長さんから飲み会の予約が入った。

その飲み会には、少し気まずい存在の人が二人もいたので、びっくりした。

一人目は、去年の来店時に注意したお客さんだった。

あまりにも態度が大きく、他のお客さんに威圧的な態度をとったり、女性客にからんだりしていたので、だいぶ強めに注意したことがあった。

その彼が入ってくるなり、深々と頭を下げて「今日はよろしくお願いします」とあいさつしてきた。

一瞬誰だか分からなかったが「あっ、あの時の」と思い出した。

彼も何事もなかったかのようにニコニコしており、私も同じように笑顔で迎え入れた。

もう一人は、飲み会が盛り上がってきた頃に気づいた人物だった。

20年ほど前、飲み屋で何かの理由で私がビンタをしたことがある人だった。

返り血が服についていたということで

嫁にめちゃくちゃ怒られたことをよく覚えている。

「なんでコイツまでいるの!?気まずいんですけど」と一瞬思ったが、何事もないように振舞った。そうするしかなかった。

すると、その人も特に気にする様子もなく、飲み会は最後まで和やかに盛り上がり、さらにお持ち帰りの焼き鳥まで注文してくれた。

 

挑戦は終わらない

 

昨夜は、かつての気まずい記憶が笑顔に変わる瞬間を目の当たりにした。

どんな過去があっても、相手も自分も変わり続けていく。

シェンロンの「また鍛え直してくる」という言葉と同じように、人は挑戦し、学び、そして前に進むのだ。

失敗しても、過去に気まずさがあっても、笑顔に変えることができる。

挑戦を続ける限り、未来は変えられるのだ。

そんなわけで、やっぱり、今日も今日とて、やきとりです。

いつもありがとうございます。