「最近、なんか人づきあいがしんどい」
「あの頃一緒に笑ってた仲間と、話が合わなくなった」
そんなふうに感じる夜があったら、
もしかしたら、人生の“上昇気流”に入った合図かもしれない。
焼き鳥屋を一人で回してきたぼくも、
ある夜、ふとそんなことに気づいた——。
道がふさがれたら、上に行くしかない。——焼き鳥屋が気づいた“変化の法則”
炭火の前で串を返していると、ふと真っ暗になる夜がある。 売上、客足、人間関係……どれもうまくいかない夜。
まるで八方ふさがりの迷路に閉じ込められたような気分になる。
だけど、そんなときに限って、不思議なことがある。
下もダメ、横もダメ、前も見えない。
そうやって首を垂れたそのときに、ふと、「上」があった。
「ああ、なんだ、そういうことか」
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2020年の春、コロナが始まった。
常連が来なくなり、予約表は真っ白になった。
「今回ばかりは、どうしようもない。もう、オワタ」
何度もそう思った。
だけど、時間が空いたからこそ、少しずつ新しいことを始めた。
blogを立ち上げた。
noteを書いた。
文章講座に入った。
詐欺られた。
知らない誰かの音声配信を聞いた。
めちゃくちゃ高いデジタルコンテンツを買った。
またまた、詐欺られた。
自称コンサルと知り合った。
ケツの毛までムシリ取られた。
ビットコインってやつも積み立ててみた。
そうこうしてるうちに、今まで仲良くしていた人たちと、なぜか話が合わなくなってきた。
あんなに楽しかったはずの飲み会が、楽しくない。
相づちひとつ打つのも、しんどく感じるようになった。
最初はすごく寂しかった。
「なんか、話がかみ合わねー」
「なんで?どうして?」
「アイツらが変わったの?」
「それとも、オレ?」
「いや、オレだ、オレが変わったのかもしれない」
まわりとズレると、孤独を感じる。 まるで、飛行機が高度を上げたときに耳がキーンとなるように。
でも、その“耳鳴り”こそが、ぼくが今、上昇しているサインなんだと気づいた。
環境が変わると、人間関係も自然と変わる。
それは、間違いなく“次のステージに入った証拠”なんだと思う。
重かったものを手放すと、身が軽くなる。 気をつかっていたグループLINE、義務感で続けていた人間関係。
そういうものを一つずつ手放していくうちに、 代わりに残ったのは「今、一緒にいて心地いい人たち」だった。
軽さって、薄っぺらさじゃない。 強くしなやかに、前を向く力だと思う。
焼き鳥だってそうだ。 一本ずつ手で串を打つ。
強く刺しすぎると、肉が裂けて見た目が悪くなる。
ゆるすぎると、焼いてる途中で肉がぐらついて、火が入りにくい。
“ちょうどいい加減”って、本当にむずかしい。
そんな“ちょうどいい加減”を探しながら、毎日焼いてる。
気を抜いたら焦げる。
慌てたら生焼けになる。
それでも、炭の火加減を見ながら、ひとつずつ、ひとつずつ、焼いていく。
人生も、そんなふうにしかやれない気がする。
正直、いまの自分に言い聞かせたい。
この孤独は、きっと“変わってきてる”証なんだと。
耳がキーンと鳴ったら、それはもう飛び立つ準備ができたということ。
ふさがれた道に迷うよりも、上を見てみるのも、悪くない。
だから今日も、焼き台の前で火を起こす。
一本ずつ串を焼くように、日々を生きる。
変わっていく風を感じながら。
今日も今日とて、やきとりです。
いつもありがとうございます。