昭和の雰囲気が残る焼き鳥屋のカウンター。
炭火の煙がふわりと立ちのぼる中、今夜もひとつ、ちいさな物語が始まった。
「オヤジ、こないだの夜さ、開店前から客来てただろ?」
——それは、ワンオペで回す焼き鳥屋の日常に、ぽんと入り込んできた“気配”と“タイミング”の話。
応えるって、なんだろう?
サービスって、どうあるべきなんだろう?
その答えは、どうやら焼き鳥を焼く前から、すでに始まっているらしい。
【焼き鳥を焼く前から始まってんだよ──オヤジが語る“応える力”の夜】
チュル:
「オヤジ、こないだの夜さ。外人のカップル、立て続けに来てなかった?」
オヤジ:
「来た来た。しかも、まだ開店前。まだ炭も落ち着いてねぇタイミングよ。」
チュル:
「え、断らなかったの?」
オヤジ:
「断るのもめんどくさくてさ。『OK?』って聞かれたから、思わず『オッケー!』って。笑」
チュル:
「はは、ゆるいな〜。」
オヤジ:
「でもよ、そっからなんだわ。焼き始めてたら、また別の外人カップルが来てよ。」
チュル:
「おお、波きたな。」
オヤジ:
「『ココ、ツカサ?』ってスマホ見せてくるんだよ。ネットの写真見ながらさ。『オー、イエス!ココデス!』って返したら、2人でガッツポーズよ。なんだよそのテンション、って思ってさ。」
チュル:
「そんで?どうすんのよ、もう2組いるじゃん?」
オヤジ:
「そのタイミングで、今度は日本人の女性2人組。『もうやってる?』って入ってきたわけ。こっちはもう焼いてるし、『どうぞー』ってさ。」
チュル:
「うわー、開店前に3組って、バタバタだな。」
オヤジ:
「そりゃ忙しかったよ。串返しながら冷蔵庫開けて、英語で返して、日本語で笑ってさ。でもね、どのテーブルも居心地よさそうだった。なんか、店全体がいい空気だったんだよな。」
チュル:
「オヤジ、それってさ……“応えた”んだな。」
オヤジ:
「そうかもな。“需要に応える”ってさ、注文取ってからじゃねぇんだよ。」
チュル:
「ほぉ?」
オヤジ:
「たとえばだ、スマホ見ながら外でウロウロしてるやついたら、探してんだなって思うじゃん?
営業時間前に車の中からじーっと店見てるやついたら、腹減ってんなって察するじゃん?」
チュル:
「うんうん。」
オヤジ:
「極めつけは、焼き鳥の前に“ウコンの力”をグビッと飲んでる客よ。あれはもう、戦闘態勢入ってる。」
チュル:
「完全にヤル気マンマンだな。笑」
オヤジ:
「そういう“気配”を察するかどうか。
それで一歩早く動けるかどうか。そこに応える力があるんだよ。」
チュル:
「なるほどなぁ。ワンオペだからこそ、ズラせるし、動けるってわけだ。」
オヤジ:
「そう。全部、自分の感覚でやれるのが強み。段取りなんてズレていい。来てくれた人にちゃんと応える。それだけよ。」
チュル:
「で、どうだったん?その日。最後まで。」
オヤジ:
「日本人の女性のお客さんがさ、帰り際に言ってくれたんだよ。」
チュル:
「なんて?」
オヤジ:
「『焼き鳥の美味しさに感動しました』ってさ。」
チュル:
「うわ、それは…たまらんやつやな。」
オヤジ:
「マジっすか〜、って照れたら、『照れすぎだから』って笑われたよ。
でも、その笑顔見たらな、疲れ吹っ飛んだわ。」
チュル:
「……なあオヤジ、結局のとこ、焼き鳥屋の勝負ってなんなんだろうな?」
オヤジ:
「うーん……」
(炭火の音がパチパチと響く)
オヤジ:
「焼き鳥を焼く前から、もう始まってるってことかな。」
チュル:
「お、ええこと言うね。」
オヤジ:
「スマホ見てる顔、車の止まり方、目線、声のトーン。全部がサインなんだよ。
“いつも通り”じゃなくて、“今日のこの人にとってのベスト”を察すること。
それが、俺のやれる一番の仕事かもな。」
チュル:
「なるほど。…じゃあ、今日も?」
オヤジ:
「今日も今日とて、やきとりです。」