オヤジ「いやー、昨夜な、ほとんどのお客さんが帰ってホッとしとったときよ、一本電話が鳴ってさ」
チュル「お、なんか起きたな。どした?」
オヤジ「『いまから3名なんですけど、イケますか?』ってよ。
片付けなんも終わってなかったんだけどさ、店内見たら一テーブルだけキレイだったから、『イケますよー』って、つい口が返事してたわけ」
チュル「あ〜、あるある。ノリで受けちゃうパターンやな」
オヤジ「んで、急いで3人分セッティングしてたら、件の3人が入ってきたのよ。
先頭が品のいい夫婦で、そのあとに、ぼくと同じくらいの女の人がついてきた」
チュル「おっ、なんか気配感じるやつ来たな」
オヤジ「そうそう。パッと見、夫婦の姉妹か、気心知れた友達かなーって思ったんだけどさ。
『いらっしゃいませー』って声かけたら、その女性が夫婦の靴をしゃがんでそろえててさ。んで、顔を上げたそのときよ」
チュル「ほぉ〜〜?」
オヤジ「なんか見たことある顔でな。
向こうもジッとこっち見てたけど、目が合ったのは一瞬だけ。あとはずっとソフトドリンク頼んで、目も合わせようとしなかった」
チュル「あやしすぎるっ(笑)」
オヤジ「焼き鳥運んでるときも、気になって気になって。
誰だっけなーってずーっと考えててさ。
会話の感じからして観光客じゃなく、たぶん地元の人。でも、名前がどうしても出てこないわけ」
チュル「いるいる、そういうの。
こっちの頭ん中はサーチモード全開よな(笑)」
オヤジ「でな、会計のとき。彼女が『お支払いは、現金だけですか?』って聞いてきたのよ」
チュル「あー、そのセリフ、来るな、なんか来るぞ(笑)」
オヤジ「『あ、ペイペイでもカードでもいけますよ』って答えたら、彼女がふっと笑ったのよ。その笑顔見た瞬間、ピカーッ!ときて」
チュル「おおおおっ!」
オヤジ「中2のときに好きだった○○さんだーーー!!って、心の中で叫んでた(笑)」
チュル「マジで?そのパターン、えぐいなぁ(笑)」
オヤジ「すぐ前の席だったのよ、中学のとき。授業なんて頭入らんでさ。
彼女の後ろ姿、ぼーっと眺めてた。
夏服の透けたシャツに目が釘付けの日もあった。……あれが“ドキドキ”の始まりだったんかなぁって、今思えば思うわけよ」
チュル「えぇ話や……にしても、よりによってペイペイで思い出すんかい(笑)」
オヤジ「ほんとよ(笑)50年近く経って、まさか焼き鳥屋でペイペイのやり取りしながら気づくとはなぁ」
チュル「で?話しかけたんか?」
オヤジ「……いや、それがさ。
結局言えなかったんよ。『○○さんですよね?』って。
向こうも何も言わんかったし、なんとなく“言わない空気”が流れてた」
チュル「わかる〜〜。言ったら壊れそうな空気、あるあるやな」
オヤジ「ご夫婦は『定休日いつ?また来るね』って言ってくれて、彼女も軽く会釈して帰っていった。
ドアが閉まって、静かなカウンターに戻ってさ。洗い物しながら、ひとりで笑ったわ」
チュル「うんうん」
オヤジ「中2のときも話しかけられんかった。
そして今日もまた、話しかけられなかった。
ドキドキの感じも、全然変わってなかった。
まったく成長してないなーって、自分で笑ったわ」
チュル「でも、それがオヤジの良さでもあるんよな」
オヤジ「50年もたったら髪も白くなるし、体も重くなる。
支払いも現金からペイペイになる」
チュル「うまいこと言うな(笑)」
オヤジ「でもな、気持ちって、案外あの頃のまま残っとるもんやなぁって思ったよ。
話しかけられなかったことも含めて、“ぼくらしい夜”だったんだろうなって」
チュル「……しみるわぁ〜。焼酎もう一杯もらっていい?」
オヤジ「おうよ、炭火もまだあったかいしな」
チュル「今日も今日とて、やきとりですな」
オヤジ「あいよ、いつもありがとな、チュル」