(焼き鳥屋の店内。カウンター越しに、店主のオヤジと常連のチュルが会話中)
チュル「さっき帰った親子、えらい笑ってたなー。あの子、袋に顔つっこんでなんて言ってたっけ?」
オヤジ「『うわーー、おいしそーな匂いがするー』ってよ。テイクアウトの焼き鳥の袋にな」
チュル「はは、それは可愛いな。で、ニヤけてたろ、オヤジ」
オヤジ「ああ、もうな。こういう瞬間が一番うれしいんだよ。で、ふと思ったんだ。──いまの焼き鳥なら、小学一年の俺でも『うまい!』って言うんじゃねぇかなって」
チュル「おっ、それは名言出たな。32年目の自己肯定!」
オヤジ「言うなや、照れるだろ。まあでもよ、胸張って“俺は焼き鳥屋だ”って言えるようになったの、つい最近なんだ」
チュル「へぇ、そんなもんか。昔っからバリバリやってたイメージだけどな」
オヤジ「いやいや、昔はさ、客数と伝票の数字ばっか見てた。味より数字、笑顔より売り上げ。ひどかったぞ、特に20年前」
チュル「お、きたな黒歴史(笑)」
オヤジ「“市販のタレのほうがウマいんじゃね?”とか言ってよ、業務スーパーで箱買いして、ペットボトルを壺にドボドボ入れて──」
チュル「おいおい(笑)その時点で“秘伝”でもなんでもねぇな」
オヤジ「そうそう。ニンニク潰してショウガ投げ込んで、“これが秘伝のタレです!”って胸張ってた。今思えば、顔から火出るくらい恥ずかしいよ」
チュル「でもあれだろ?そのインチキ壺タレが、何か教えてくれたんじゃねぇの?」
オヤジ「そう。『ウソはバレる』『ごまかしは通用しない』ってな。焼き鳥のタレなのに焼肉の味がするって言われたからな」
チュル「焼肉のタレ混ぜたのかよ(笑)」
オヤジ「ああ、味も人生もめちゃくちゃ。離婚はするし、酒ばっか飲んで、どん底よ」
チュル「その後、よく立ち直ったな」
オヤジ「いや、のらりくらりしてただけさ。そこにコロナがきたんだ」
チュル「あぁ、あれはきつかったな……」
オヤジ「客が一人も来なくなってさ。店開ける意味すらわからなくなった。で、初めて考えたのよ──“なんのために焼いてんだ?”って」
チュル「……で、答え出たんか?」
オヤジ「意外とな、すぐ出た。小学一年の頃の俺を思い出したんだ。親父が焼いてくれた焼き鳥が、たまらなく好きだった」
チュル「おお……そうきたか」
オヤジ「学校帰りに親父の店に寄ると、遠くから甘じょっぱい匂いがしてさ。ダッシュで台の前に行くと、黙って一本くれるんだよ。無口な人だったけど、その一本で全部伝わってきた」
チュル「その味が、今のオヤジを支えてんだな」
オヤジ「気づけばもう30年以上串打ってるけど、やっと最近『これが俺の焼き鳥です』って言えるようになった。胸張ってな」
チュル「そりゃ立派なこった。で、もし小一のオヤジが来たらなんて言うと思う?」
オヤジ「口のまわりテカテカにして、『もう一本ちょうだい!』って言うと思うよ」
チュル「……泣けるな」
オヤジ「泣くなチュル。笑え」
チュル「へいへい。……今日も今日とて、焼き鳥ですな」