炭火の前でせっせと串を返してると、
チュルがいつものようにのれんをくぐってきた。
スキンヘッドにTシャツ、ビール片手に笑うチュル。
いつもの夜。
いつものカウンター。
だけど今日は、ちょっと焦った話がある。
チュル「おいオヤジ、今日はいつにも増して炭の火が攻めてきとるなぁ〜」
オヤジ「そらあんた、さっきまで軽くパニックやったからな」
チュル「パニック?どした、またジョッキ割ったんか?」
オヤジ「それはお前やろ。ちゃうちゃう、テイクアウトや」
チュル「あぁ〜、夕方あたり忙しそうやったもんなぁ」
オヤジ「そう。2件テイクアウト入っててな、そのあとすぐカウンターの常連さんたちも来て、もうまあまあテンパっとったんよ」
チュル「で、やっちまったわけやな」
オヤジ「バレたか。2件分、時間通りに仕上げて、ホッとしとったんよ。そしたら電話が鳴ってな」
チュル「あー、いやな予感」
オヤジ「『注文したやつ、一個も入ってないんですけど…』って言われてな」
チュル「おおぉ…ガーーンやなそれ」
オヤジ「ほんまに、ガーーン、ウッソーンやった。わき汗ブワーでてきて、頭真っ白。どこで間違えた!?ってもうグルグルや」
チュル「そっからどうしたんよ?」
オヤジ「『すぐ焼き直します!お手数ですがもう一度来てください!』って言うしかなかった」
チュル「正直でええやん」
オヤジ「もう一人のテイクアウトの人にも電話して確認してな。そっちはちゃんと渡せててセーフ。でも、やっぱ落ち着かんのよ」
チュル「そらそうやなぁ。相手があるミスって、胃にくるよな」
オヤジ「そう。自分ひとりのミスなら、まだなんとかなる。でもな、誰か巻き込むと、とたんに焦ってまう」
チュル「で、焼き直して、また来てくれたんや?」
オヤジ「うん。2度も足を運ばせてしもたけど、受け取りに来た時の表情が柔らかくてな。なんか笑顔やった」
チュル「あ〜それは救われるわ」
オヤジ「ほんま、信頼関係はギリ守れた、って感じ」
チュル「それでええんよ。それがいちばん大事よ」
オヤジ「あれこれ考えると、動けんようになるやろ。『焼き直すべきか?』『待つべきか?』『赤字なるやん?』とかグチャグチャ考えてたら、もうパニックよ」
チュル「わかるー、そういうときって脳みそが容量オーバーするよな」
オヤジ「せやから、“一点集中”や。考えることはひとつだけ」
チュル「『信頼を守るにはどうしたらええか?』ってやつか」
オヤジ「そう。正解より信頼。それだけを考えるようにしてる」
チュル「焼き鳥屋32年の知恵やな」
オヤジ「せやなぁ。今どき何でも“効率が〜”とか“タイパが〜”とか言われるけど、そんなもんばっかり追いかけてたら、大事なもんがこぼれてまう」
チュル「それな。人とのつながりって、数字じゃ測れんしな」
オヤジ「頭ええ人には笑われるかもしれんけどな。俺みたいに不器用で、すぐテンパる人間は、迷ったら“信頼”って決めといたほうが、動きやすいんよ」
チュル「その判断、俺は好きやで」
オヤジ「ありがとな。ほんま、今日も今日とて、やきとりですわ」