エアコンが壊れて新しいのが来て、「やれやれ」と一息ついた、そのわずか数日後だった。
今度は、まさかのパソコンが壊れた。
……本当に電化製品って、壊れ出したら続くもんだな。
この手の話は「あるある」だが、立て続けに来られると笑うしかない。
いや、笑うしかないけど、正直ショックはでかい。
思えば、パソコンとの付き合いは
コロナがきっかけだった。
あの頃、「このままじゃまずい」と思った。
何か始めなきゃ、収入の柱になるものを見つけなきゃ、と。
ただし、その時のぼくの脳みそは、50年以上「無思考モード」で過ごしてきたスカスカ仕様だ。
いきなり稼ぐ方法なんて思いつくわけもない。
それでも一生懸命ひねり出して出た結論が――
「とりあえずパソコンを買おう」だった。
Macにするか、Windowsにするか。
iPhone信者だからMacにすればよさそうなものの、近所の電気屋さんにはWindowsしか置いてなかった。
迷う余地はなかった。とにかく早く欲しかったのだ。
当時のぼくは、パソコンの“パ”の字も知らない。
キーボードは人差し指一本打法。
「ちっちゃい“つ”って、どうやって打つんだ?」
「“ん”はどこから出てくるんだ?」
そんなレベルだった。
当然、パソコンにまつわる事件は次々に起きた。
代表的なやつを挙げるなら――ネット詐欺だ。
しかも3回。
被害総額はおよそ5〜60万。
思い出すと胃が痛くなるが、これも笑い話に変えるしかない。
なぜ3回も? と問われたら、「デジタル社会では信じる力にも防御力が要る」という答えしかない。
50代からそれを学ぶのは、なかなかスリリングだった。
極めつけは、ブラックアウト事件だ。
普通のパソコンなのにゲームが快適に動かないからと、ついイライラして触っちゃいけないところを触ったらしい。
「ドゥーン」という低い音とともに、画面が真っ黒に。
あの瞬間の“心まで真っ黒”感は今も忘れない。
電気屋に持ち込むと、店員さんが説明してくれた。
「パソコンがキャパオーバーすると、熱暴走してしまうんですよ」
なるほど、人間も同じだ。
無理を続ければ、ある日プツンと画面が消える。
あれから数年。
今度は画面が黒じゃなく青に変わった。ブルースクリーンだ。
最初のうちは強制シャットダウンして再起動すれば動いたが、それもだんだん効かなくなってきた。
もう年貢の納め時だろう。
家電も人も、寿命のサインは似ている。
休ませても回復が短くなる。
そのうち、何度スイッチを押しても反応しなくなる。
だけど、壊れるのは悪いことばかりじゃない。
エアコンが壊れたから、新しいのと出会えた。
パソコンが壊れたから、最新機種に出会える。
不便の向こうには、必ず新しい相棒が待っている。
考えてみれば、この10年で何度も壊れ、何度も買い替え、何度もアップデートしてきた。
そのたびに、ぼく自身も少しだけアップデートされてきた……はずだ。
「壊れるときはなぜか続く」という現象は、家電だけじゃない。
商売でも、スタッフの退職が続くときがある。
家庭でも、不調が重なることがある。
それは一見「不運の連鎖」だけど、裏を返せば「次の始まりの連鎖」でもある。
壊れるからこそ、新しいものがやってくる。
古い自分も、そうやって壊れてくれたほうがいいのかもしれない。
エアコンもパソコンも壊れた今、また新しい相棒と一緒に次のページをめくる番だ。
壊れるたびに、ぼくはちょっとだけ賢くなり、ちょっとだけ図太くなる。
……まあ、詐欺にはもう引っかからないつもりだけど。
今日も今日とて、やきとりです。
いつもありがとうございます。
