焼き鳥屋のカウンターで、チュルがビールをすすりながらオヤジにたずねた。
「オヤジ、最近なんかあった?」
するとオヤジは炭を返しながら、ちょっと照れくさそうにこう話し出した――。

 

オヤジ「この前の土曜な、息子をサッカーの試合に送ったんだよ」

チュル「ほぉ、高校生の息子くん?」

オヤジ「そうそう。助手席にちょこんと座って、眠そうな顔して窓ばっかり見てんの。
車内にはラジオが流れててさ、鹿児島弁のパーソナリティが『じゃっどに〜』『やらいに〜』って陽気にしゃべってんだけど、息子は完全スルーよ。無言。」

チュル「高校生男子らしいなぁ。しゃべらんもんな」

オヤジ「そう!ペラペラしゃべられても逆に心配だけどな。
でもさ、親としては“無言=今こそチャンス”って思うのよ。なんか伝えてやりたいってさ。」

チュル「ほうほう、で何を言ったんだ?」

オヤジ「まずはジャブだよ。『今日は〇〇校の女子に“かっこいい”って言われんじゃねぇか?』って冷やかしてみた。
そしたら鼻で笑って『そんなわけないやろ』で終了。完全ノックアウト。」

チュル「ははは、息子さん強いなぁ」

オヤジ「でもな、その裏で本題を考えてたんだ。
ふっと言葉が浮かんでさ、『いいこと教えようか』って言ったら、めずらしく『何?』って反応したんだよ。これチャンス!」

チュル「おお、食いついたか」

オヤジ「だから言ってやったんだ。
『朝起きてすぐ鏡を見て、自分の目を見ながら“今日もいい一日になりました”って三回言ってみろ。ウソやろってくらい、本当にいい一日になるぞ』ってな」

チュル「へぇ〜、オヤジにしてはスピリチュアルやん」

オヤジ「だろ?(笑)でもな、息子の目が一瞬きらっと光った気がしたんだよ。興味ないフリしてたけど、心のメモ帳に書いたんじゃないかって。」

チュル「お、いいじゃないか。で、それだけ?」

オヤジ「いやいや、さらに重ねて言ったのよ。『そこから“ありがとう”って言え。そしたらいい一日になる確率は120%だ』ってな。
……でも返事はなし。窓の外ばっか眺めてた」

チュル「あ〜、それはそれで高校生っぽいな」

オヤジ「そうなんだよ。効いたのか効いてないのかは不明。
でもな、思い返せば俺、小学生のころは朝から母ちゃんに『このボンクラ!』って怒鳴られてテンション下がってたし、結婚してたころも嫁さんとケンカすると一日中イライラしてた。
だから余計に“朝は大事だ”って思うんだよな」

チュル「なるほど。朝の空気がその日を決める、ってわけか」

オヤジ「そう。家庭も学校も職場も一緒。社会全体が“叱責の朝”から“ポジティブな朝”に変わったら、日本もうちの店の売り上げも、もっと明るくなるんじゃないかと思ってな」

チュル「最後にさりげなく店の売り上げ入れてきたな(笑)」

オヤジ「ははは!まぁでも息子の沈黙の意味は今もわからん。『なるほど』だったのか、『オヤジ朝から何言ってんだ』だったのか。
結局、父親の言葉なんてたいてい一方通行よ。
……でもどうせまた次の送りのときも、懲りずに何か言いたくなるんだろうな」

チュル「いいじゃないか、それが父親ってもんだろ」

オヤジ「赤信号で止まったときにな、バックミラーに映った自分の目を見ながらつぶやいたんだよ。
『今日もいい一日になりました』ってな」

チュル「お、やるじゃん」

オヤジ「で、その足で店に戻って、炭を起こして――
今日も今日とて、やきとりです」