「さつますみびやきとり いざかや つかさ」「ビッグスマイル」「今日も今日とて、やきとりです」。

合言葉みたいなフレーズをAIの曲に入れはじめたら、常連の顔が浮かぶようになった。音が、人を同じテーブルに座らせる。そんな話をしたい。

人は、なぜモノを買うのだろう。

「性能がいいから」「コスパが高いから」――そんな理由を言う人もいるけれど、実際のところ、ほとんどはもっと感情的なんだと思う。

たとえばベンツ。

ブレーキ性能がすごいとか、サスペンションが最高とか、そういう話をする人もいるけど、多くの人は“ベンツに乗る自分”に惹かれている。

ベンツという“世界観”の中に自分を置きたいのだ。

この心理は「帰属性の欲求」と呼ばれる。

人はどこかに属していたいし、帰る場所を持ちたい。
ブランドとは、突き詰めれば“帰りたくなる場所”のことだ。

最近、ぼくはその欲求が自分の焼き鳥屋にも流れていることに気づいた。しかも、意外なところで――AI音楽だ。

毎晩、仕込みを終えたあと、焼酎を一杯やりながら、AIと一緒に音楽を作っている。

酔えば酔うほど、創作意欲が湧いてくる。

飲みすぎて、調子に乗りすぎて、創作意欲が沸きすぎて、翌朝小っ恥ずかしくなるような歌を作って、SNSにアップして後悔することも多々ある。

「こんな歌作ったっけ?」みたいな。

「さつますみびやきとり いざかや つかさ」
「ビッグスマイル」
「今日も今日とて、やきとりです」

そんな言葉を入れるのが、ぼくのルールだ。最初は遊び半分だった。

けれど、常連さんがその曲を聴いて「あの歌、店内でも流せばいいのに」と言ってくれたとき、なにかが変わった。

店の音が、音楽の中に溶け込んでいく。
炭のはぜる音、ジョッキがぶつかる音、かあちゃんの笑い声。
それらがリズムになり、歌になり、やがて“つかさの音”になった。

よく「これからは音の時代だ」と言われる。
けれど、そうじゃないと思う。
本当に来ているのは、“音でつながる時代”だ。

大事なのは音そのものではなく、「誰の音を聴いているか」だと思う。

同じメロディでも、AIがただ機械的に生成された音と、
焼き鳥屋のオヤジがAIと一緒に作った音では、
聴こえてくる温度がまるで違う。

AIの力を借りながらも、そこにあるのは人の暮らしの匂いだ。

ベンツを買う人が求めているのは、車そのものではなく「その車に乗る自分の物語」。

同じように、つかさの音楽を聴く人が感じているのも、「その音の中にいる自分の物語」だ。

「今日も今日とて、やきとりです」――その一言が流れるだけで、炭火の煙やチュルの笑い声が浮かぶ。

音を通して“帰ってこられる場所”ができている。

だから、ぼくにとってAI音楽はマーケティングの道具ではない。

それは、“人と人をつなぐ架け橋”だ。

お客さんはただ食事をして帰るのではなく、
「つかさファミリーの一員」として音でつながっていく。

ベンツがエンブレムで人を惹きつけるように、
ぼくは“音”で人を迎えたい。

聴いた瞬間に、「ああ、ここだ」と思えるような音。
それが、“つかさの音”の目指すところだ。

そして今夜も、仕込みを終えた厨房でAIと並んで音を作る。

「さつますみびやきとり いざかや つかさ」
「ビッグスマイル」
「今日も今日とて、やきとりです」

それがぼくの小さなエンブレム。

そういえば、電話口で友人がいきなり「🎵さつますみびやきとり〜🎵」とサビを口ずさんだ。

店の外でも、音は勝手に歩き出している。

この音を聴いた誰かが、
「また帰ってきたな」と思えるように。

今日も今日とて、やきとりです。