自分をゲームの主人公みたいに見てみると、借金問題もちょっとした”ラスボス戦”になる。

そんな発想をくれたのが、AIのsora2だった。

もしも、自分がTEDで講演したらどうなるんだろう?

そんなことをふと思いついて、Sora2で動画をつくってみた。

こういうときの衝動には逆らえない。

おもしろそうだと思ったら、やらずにはいられない性分だ。

「TEDで人生哲学を語るオヤジ」——そう入力しただけで、Sora2はすぐにそれっぽい映像をつくってくれた。

ステージの中央に立ち、観客を前に語るAIの自分。

テーマは「人生も焼き鳥も火加減ひとつで変わる」。

黒のTシャツに前掛け姿の自分が、イヤフォンマイクを付けてTEDのステージに立っていた。

焼き鳥屋が人生を語る。それだけでじゅうぶん笑える。

しかもAIの自分は、もっともらしい顔で堂々と話している。
思わず「なに真剣に語っとんねん」とツッコミたくなった。

おもしろくて、もう一本お願いしてみた。

すると今度は「昔は自分を焦がすことが強さだと思っていた」という訳のわからないテーマで、立派なシェフ姿の自分が登場した。

会場は拍手喝采。

深々とお辞儀するAIの自分。そこまでは良かった。普通に。

ところがその瞬間、手にしていた焼き鳥を床に放り投げて動画が終わった。

えっ、なんで?TEDの舞台で?

まぁ、いっか。気になるところだけど、まぁAIのすることだから、しょうがない。

そんなことより次の展開が気になって仕方がなかった。

「次どうなるの?」とSora2に要求したら、AIの自分がまさかの暴走。

TEDのアシスタントらしき女性に笑顔でちょっかいを出していた。

完全に変態だ。

画面を見ながら「おい、やめろ俺!」と言いつつも、腹を抱えて笑ってしまった。

でも、笑いながらどこか恥ずかしかった。
ああ、これが自分の中の“裏の自分”なんだなと。

人前では理性的で、まじめで、いい人でいようとする。

けど、心の奥ではくだらない妄想もするし、ついサボりたくなることだってある。AIはその“裏側”を映し出す鏡なのかもしれない。

そして気づいた。
これは「自分を俯瞰する練習」になるんじゃないかと。

Sora2の画面に映る自分は、思っていたよりもずっと老けていた。
髪は真っ白、頭頂部も気になる。

「あれ? 俺、けっこうオジィちゃんなんだな」
そんな現実を笑いながら受け入れられたとき、少しだけ肩の力が抜けた。

人間はふだん“主観カメラ”で生きている。
だけどAIを通すと、“俯瞰カメラ”が手に入る。

まるで自分の人生をモニター越しに見ているような感覚だ。
恥ずかしい部分も含めて、「まあ、それも俺だ」と笑える。

その瞬間、人生がちょっとだけ軽くなる。

現実の自分をゲームの主人公に見立てることもできる。
Sora2の映像の中で、AIの自分がTEDのステージに立っているのを見ると、思う。

「このゲーム、次はどんなステージだ?」と。
そして、現実の“ラスボス”の姿が浮かぶ。借金問題だ。

このラスボス、手ごわい。
でも、ゲームだと思えば攻略法はある。

焦って突っ込んで全滅するより、武器を整えて、仲間を集めて、タイミングを見極める。

焼き鳥だって同じだ。焦げる前に火から離す。火加減を読む。
焦っても焦がしても、うまくいかない。

Sora2のAIが見せてくれたのは、三人の自分だ。
観客の前で語る自分、焦がすことを恐れない自分、そしてちょっとおかしな自分。

その全部が自分であり、どれも愛すべきキャラだ。

AIは、人間を完璧に模倣する存在じゃない。
むしろ、人間の“不完全さ”を照らしてくれる存在だと思う。

Sora2がつくった変な動画を見ながら、笑って、自分を客観的に見つめ直す。
その瞬間こそ、AIと人間がいちばん近づく瞬間かもしれない。

焼き鳥を焦がす夜もある。
昨夜も、モクモクと煙にまみれて、目をショボショボさせて、4本も焦がしてしまった。

でも、焦げたまんまじゃ終わらねぇ。
炭の奥にまだ赤い火が灯っているかぎり、人生はいくらでも焼き直せる。

今日も今日とて、やきとりです。