焼き鳥屋をやっていると、
ふと誰かの声が心に染みる夜がある。

炭を片付けて、店が静かになった頃、
常連のチュルが焼酎片手にポツンと座った。

「オヤジ、今日なんかあったべ?」

そこから始まった、そんな夜の話だ。

オヤジ:
「この前さ、次女から久しぶりに電話が来たんだよ。」

チュル:
「おぉ、あの歌舞伎町で働いちょる子だろ? 元気しちょっ?」

オヤジ:
「元気すぎた。
『昨日2丁目で飲んで強烈な二日酔い。でもどん兵衛食べたら復活した。どん兵衛は裏切らないわ〜』
って、電話の一言目がそれだもん。」

チュル:
「ははは!あの子らしいなぁ。」

オヤジ:
「ほんとな。
2丁目の話を楽しそうにしちょる声聞いたら、なんか大丈夫なんだなって思えた。」

チュル:
「わかるわかる。声って安心すっど。」

オヤジ:
「次女のことをキャバ嬢って思う人もおるけど、実際はメイクとヘアセットの仕事しちょってさ。
売れないホストが毎日のように来て、『頼むから売れてくれー!』って髪整えながら嘆くんだって。」

チュル:
「売れんホストに人気あるって、逆にすげぇな。」

オヤジ:
「だろ?
あの子な、人を否定せんのよ。仕事早いし、しゃべりも軽いし、相手の気持ちを落とさん。
仕上がった自分の顔見て、落ち込んでたホストも笑うらしい。」

チュル:
「それは才能よ。天性の接客やらいに。」

オヤジ:
「思い返すとな…あの子、3歳の頃から母親の化粧ポーチあさって口紅ヌリヌリ。
極めつけは母親の口癖まで真似して『男なんてさー』よ。」

チュル:
「早すぎるって!ははは!」

オヤジ:
「でもあの頃から美容一本だったな。高校の時も迷いゼロで美容学校。
今じゃ個性や仕事が認められて、給料も上がって、指名も増えてきてるんだと。」

チュル:
「立派なもんやに。」

オヤジ:
「『1』になりつつあるわな。でもな…その裏はずっと『0.01』の積み重ねなんよ。
毎日の練習とか、研究とか、SNSの発信とか。
ああいうのって足し算なんだよな。」

オヤジ:
「で、つい言っちまったんだよ。
『俺も毎日文章書いちょるけど、生活変わらんし落ち込む時ある』って。」

チュル:
「お前が娘に愚痴言うとはな。珍しい。」

オヤジ:
「言った後に思ったよ。
“親が子どもに人生相談するな”って。
でも吐いた唾は飲めんしな。」

オヤジ:
「そしたらあの子が言ったんよ。
『大丈夫だって。なんとかなるよ〜』って。」

チュル:
「ほぉ〜…あの子らしいけど、ええな。」

オヤジ:
「軽いんだけどさ、妙に深ぇんだよ。その声。
歌舞伎町で毎日いろんな人生見てる子が言う“なんとかなる”って、重みが違うんだよ。」

チュル:
「わかるわ。軽く聞こえて、重いんだよな、ああいうの。」

オヤジ:
「電話切ったあと思ったわ。
人って“足し算の途中”で落ち込むんだなって。」

チュル:
「そりゃそうや。1になる前が一番しんどか。」

オヤジ:
「不思議と静かな夜になるとやって来るんだよな、ああいう感情って。」

チュル:
「あるある。夜は考えごとが勝手に増える。」

オヤジ:
「でも足し算やめなきゃ、ゼロには戻らん。
娘もそうやって1に向かってる。
俺も文章書いて、焼き鳥焼いて、今日の気づき足していきゃいいんだよな。」

チュル:
「オヤジ、ええこと言うじゃん。」

オヤジ:
「いや、あの子の言葉が良かっただけよ。
足し算の途中でもええよって許された気がした。」

チュル:
「十分や。お前はもう進んでる。」

オヤジ:
「そう思えたら、途中でも悪くないな。」

チュル:
「悪くねぇよ。」

オヤジ:
「よし、明日も一本ずつ焼くか。」

今日も今日とて、やきとりです。