焼き鳥屋をやっていると、
毎晩いろんな話がカウンター越しに転がってくる。
たいした話じゃない。
答えが出る話でもない。
でも、
こういう夜の会話が、
あとになってじわっと効いてくることがある。
これは、
ぼんやりTikTokを見ていたオヤジと、
それを聞いていた常連チュルの話だ。
チュル
「オヤジ、今日なんか考え事してません?」
オヤジ
「んー、まあな。
さっきな、TikTok見よったら、
えらい坊さんが出てきてさ」
チュル
「またTikTokっすか(笑)」
オヤジ
「いや、ほんとぼんやり見よっただけよ。
次から次へ、指が勝手に動いてな」
チュル
「わかるっす。
あれ、時間溶けますよね」
オヤジ
「でな、その坊さんが言うわけよ。
『人生は、たった一日だけです』って」
チュル
「……は?」
オヤジ
「やろ?
オレも『え?一日?』ってなった」
チュル
「長いようで短い、とか
そういう話じゃないんすよね?」
オヤジ
「違う違う。
『人は、ある一日に生まれて、
ある一日を生きて、
死ぬのもその一日』やて」
チュル
「……なんか、分かるような、
分からんような」
オヤジ
「でもな、
昨日はもう終わっとるし、
明日はまだ来とらん。
実際に、今ここで
息しとるのは“今日”だけなんよな」
チュル
「確かに……
考えとるのも、悩んどるのも、
今日っすね」
オヤジ
「その坊さん、さらに言うんよ。
『昨日?もう死にました』
『明日?まだ生まれていません』
『今日こそが、唯一の人生です』って」
チュル
「強いっすね……」
オヤジ
「強い。
強すぎて、ちょっと困った」
チュル
「困るんすか(笑)」
オヤジ
「言っとることは正しいやろ。
でもな、
“わかっとるけど、できん”
それが一番しんどい」
チュル
「確かに……」
オヤジ
「で、よし、
“今ここ”に集中してみようと思ってな」
チュル
「瞑想っすか?」
オヤジ
「それっぽいやつ。
目つぶって、
スーッて吸って、ハーッて吐いて」
チュル
「どうでした?」
オヤジ
「秒で雑念よ」
チュル
「早っ(笑)」
オヤジ
「『あれ?支払日いつやったっけ?
入金したっけ?』ってな」
チュル
「現実(笑)」
オヤジ
「違う違う、今じゃない、
って戻ってな」
チュル
「戻ったら?」
オヤジ
「次は
『そういえば、あのバカ、
なんて言いよったっけ?』
クソッタレが、って」
チュル
「瞑想どこ行ったんすか(笑)」
オヤジ
「ほんそれ。
気づいたら、
過去と未来を行ったり来たりよ」
チュル
「今に集中するって、
むずいっすね」
オヤジ
「たぶんやけどな、
今この瞬間が一番しんどいんよ」
チュル
「しんどい?」
オヤジ
「支払いも、怒りも、将来も、
全部“今ここではどうにもならん”やろ」
チュル
「……確かに」
オヤジ
「だから人は、
過去に逃げたり、
未来に逃げたりするんやと思う」
チュル
「後悔とか不安って、
避難場所みたいなもんすかね」
オヤジ
「オレも、そう思った。
弱さじゃなくて、
人として自然な動きや」
チュル
「じゃあ、
集中できん自分を責めんでいい?」
オヤジ
「いい。
高僧と凡人の違いなんて、
才能じゃない」
チュル
「じゃあ、なんすか?」
オヤジ
「“今に戻る回数”」
チュル
「回数」
オヤジ
「坊さんは何万回も戻っとる。
オレは、すぐ逃げる」
チュル
「でも、
『あ、また雑念だ』って気づいたら?」
オヤジ
「それ、もう同じ練習や」
チュル
「完成度の差じゃなくて?」
オヤジ
「回数の差」
チュル
「……いいっすね、それ」
オヤジ
「今に集中すると、
見えてしまうもんもあるしな」
チュル
「生き方とか、仕事とか?」
オヤジ
「そう。
それ見るのが怖いけん、
人は逃げる」
チュル
「じゃあ、悟らんでいい?」
オヤジ
「悟らんでいい。
居続けられんでもいい」
チュル
「戻ればいい?」
オヤジ
「そう。
逸れて、戻って、また逸れて」
チュル
「それが“今日を生きる”ってことっすね」
オヤジ
「人生は一日だけ、らしいけどな。
その一日、結構重たい」
チュル
「ですね」
オヤジ
「だから、
立派なことは言えん」
チュル
「じゃあ、最後に一言」
オヤジ
「今日も今日とて、
やきとりです」