久しぶりに、酒を飲まなかった。
といっても、禁酒しようとか、健康に気を遣おうとか、そういう立派な理由があったわけじゃない。

ただ、酔うとだるい。
だるくて、動くのが億劫になる。
片付けも、休み休みになって、なかなか終わらない。

その状態が、なんとなく嫌になった。
それだけだ。

これまでは、そんな感覚に蓋をしてきた。
だるいな、と思いながらも、焼酎をがぶがぶ飲む。
「まあ、今日も頑張ったしな」
「これくらい、いいだろう」
そうやって、自分を納得させてきた。

でも、よく考えたら、
それは納得じゃなくて、諦めに近かったのかもしれない。

その日は、酒の代わりに水を飲んだ。
温泉水を2リッター。
合間合間で黒烏龍茶やコーラも飲んだけど、
朝から晩まで、ほぼ水だけ。

すると、片付けのときの体の軽さが、まるで違った。

さっと座敷に上がれる。
腰が重くならない。
皿もグラスも、パパッと片付く。

「あれ?」
「全然違うな」
「体、めちゃくちゃ軽いな」

気づけば、
「いくらでも仕事できるぞ」
なんてことを考えている自分がいた。

不思議な感覚だった。
無理をしているわけでも、気合を入れているわけでもない。
ただ、動ける。

ここまで書くと、
「酒をやめたら調子がよかった話」
「水ってすごいよね、という健康コラム」
そんなふうに聞こえるかもしれない。

でも、これは酒をやめた話じゃない。

考えてみれば、
一人で意味もなく飲む酒って、何が楽しかったんだろう。

お客さんがいるときは、酒は楽しい。
会話があって、笑いがあって、その場の空気がある。
グラスを合わせる理由が、ちゃんとそこにある。

でも、一人で片付けをしているときの酒は違った。

片付けをしながら、
「あの時は、ああだったな」
「なんか、ナメられてた気がするな」
「もうちょっと、うまくやれたんじゃないか」

そんなことを、ぐるぐる考えながら飲む。

ガブガブ飲んで、
ちょっと休憩、とスマホを手に取る。
気づけばTikTokをだらだら眺めている。

何かを楽しんでいたというより、
考えたくない時間を、やり過ごしていただけだった。

酒を飲んでいたんじゃない。
考えないようにしていただけだ。

昨夜、印象的なお客さんがいた。
男女三人組で、めちゃくちゃ生ビールを飲む。

深夜2時まで、へべれけになるまで、
本当に楽しそうだった。

笑って、しゃべって、また飲んで。
その場に「今」がちゃんとあった。

それを見て、素直に思った。
ああ、やっぱり酒は、楽しい仲間と飲むのが一番だな、と。

同じ酒なのに、
一人で飲む酒と、仲間と飲む酒は、
向いている方向がまるで違う。

一人で飲む酒は、内側にこもる。
過去に向かう。
終わったことを、何度も掘り返す。

仲間と飲む酒は、外に開く。
今この瞬間に立ち上がる。

酒が悪いわけじゃない。
悪いのは、酒に逃げ込んでいた自分のほうだった。

水を飲んだ夜は、逃げ場がなかった。
酔ってぼんやりすることもできない。
気分をごまかすこともできない。

だから、今やることをやるしかなかった。

皿を洗う。
グラスを拭く。
座敷を片付ける。

それだけのことなのに、
不思議と、気持ちは軽かった。

体が軽かったんじゃない。
ちゃんと「今」に立っていたから、軽かったんだと思う。

悪い習慣って、
何かをやっていることじゃない。

酒を飲むことでも、
スマホを見ることでもない。

何かから目をそらし続けている状態そのものが、
悪い習慣なんだと思った。

一人でいる時間は、静かだ。
静かだからこそ、いろんな声が聞こえてくる。

後悔。
不安。
苛立ち。
小さな自尊心。

それと向き合うのは、正直しんどい。
だから人は、何かに逃げる。

酒だったり、スマホだったり、忙しさだったり。

でも、その逃げ道が、
いつの間にか習慣になって、
自分を重くしていることもある。

悪い習慣は、勝手には消えない。
誰かが止めてくれるわけでもない。

自分で気づいて、
自分で引き受けるしかない。

これは、酒をやめた話じゃない。
禁酒のすすめでもない。
健康法の話でもない。

自分がどこを向いていたかに気づいた夜の話だ。

一人の夜に、
自分は何から目をそらしていたのか。

そこに気づけたなら、
酒を飲んでもいいし、飲まなくてもいい。

少なくとも、
意味もなく悶々としながら飲む夜は、
もういらないと思った。

悪い習慣は、
自分の本心と向き合ったときにしか、
静かにほどけていかない。

昨夜、水を飲みながら片付けをしていて、
そんなことを考えていた。

今日も今日とて、やきとりです。