焼き鳥屋をやっていると、
うまくいかない夜ほど、いろんなことを思い出す。

この夜は、スチコンがなくなってから、
一番しんどかった夜だった。

カウンターの向こうには、
いつもの常連、チュル。
炭火の前には、
ちょっと疲れたオヤジが立っていた。

チュル
「オヤジ、今日なんか、顔に出てますよ」

オヤジ
「やろ。
 スチコンなしやからな。
 正直、想像以上にきつい」

チュル
「そんなに違います?」

オヤジ
「全然ちゃう。
 スチコンなら一気にムラなく五分。
 炭火やと三十分。
 量が多かったら二時間や」

チュル
「二時間……」

オヤジ
「火見て、音聞いて、匂い嗅いで。
 少し気抜いたら焼きすぎ。
 少し焦ったら中が生」

チュル
「神経やられますね」

オヤジ
「仕込みの時点で、もう消耗よ。
 『今日、体力もつかな』って、
 自然と頭に浮かんでくる」

チュル
「八年、スチコン使ってましたもんね」

オヤジ
「便利さに慣れきっとった。
 こんなに頼っとったんやなって、
 今さら思い知らされとる」

(炭火を見つめながら)

オヤジ
「でもな、
 今日ひとつ、変なことがあって」

チュル
「変なこと?」

オヤジ
「根っこが焼けん。
 ちゃんと炭の上に置いとるのに」

チュル
「火、弱いとか?」

オヤジ
「違う。
 なんでや?って思いながら焼いとったら……
 急に思い出した」

チュル
「何を?」

オヤジ
「斜めに置くんやった」

チュル
「斜め?」

オヤジ
「縦じゃなくて、
 ほんのちょっと斜めに並べる」

チュル
「それで変わるんすか」

オヤジ
「変わる。
 理由は知らん。
 調べたこともない」

チュル
「じゃあ、なんで?」

オヤジ
「身体が覚えとる。
 失敗して、焼いて、
 身についた感覚や」

チュル
「職人ですね」

オヤジ
「実際やったら、
 ちゃんと焼けた。
 根まで、しっかり」

チュル
「おお……」

オヤジ
「その瞬間な、
 ちょっと気が楽になった」

チュル
「取り戻した感じ?」

オヤジ
「そう。
 『まだ残っとったんやな』って」

(少し間)

オヤジ
「その話、母ちゃんにしたんよ」

チュル
「なんて言いました?」

オヤジ
「『試練を乗り越えたな。
 試練は、越えられる人にしか来ない』って」

チュル
「軽いけど、沁みますね」

オヤジ
「やろ。
 で、その直後」

チュル
「?」

オヤジ
「電球がパッカパカし出して」

チュル
「あー、切れかけ」

オヤジ
「替えながら、
 夏にエアコン壊れたの思い出してな」

チュル
「今年、家電ついてないですね」

オヤジ
「冷蔵庫までいったら、
 さすがに泣くな」

チュル
「電気、水道、ガス、
 どれ欠けても無理っす」

オヤジ
「若い頃、全部止められたことあってな」

チュル
「マジすか」

オヤジ
「電気はなんとかなる。
 ガスも水シャワーで我慢できる。
 でも水道止まった夜は……
 生きとる感じ、せんかった」

チュル
「……」

オヤジ
「それ思い出したら、
 今動いとる家電が、
 急にありがたくなって」

チュル
「当たり前って、
 当たり前じゃないですね」

オヤジ
「失いかけた時にしか、
 姿見せんもんや」

(炭がパチッと鳴る)

オヤジ
「今日の自分、
 昨日と違うかなって思ってな」

チュル
「違いますよ」

オヤジ
「派手じゃなくていい。
 串を斜めに置く、
 それくらいでいい」

チュル
「気づきっすね」

オヤジ
「気づかんかったら、
 人は昨日に戻る」

チュル
「だから、絞り出す」

オヤジ
「無理やりでもな。
 それが、戻らんための抵抗や」

チュル
「便利って、怖いっすね」

オヤジ
「助けてくれるけど、
 鈍らせもする」

チュル
「じゃあ、不便も必要ですね」

オヤジ
「時々な」

(オヤジ、串を裏返す)

オヤジ
「不便な一日は、
 忘れとった感覚を連れてくる」

チュル
「まだやれるか、
 確かめる夜っすね」

オヤジ
「そういうことや」

(炭火を整えながら)

オヤジ
「今日も今日とて、
 やきとりです」