昨日の来店客数は、たったの一人でした。
指宿の寒空の下、心がポキっと折れる音が聞こえそうでしたが……今の俺は一味違います。
スマホ一つで完結する「効率的」な客と、一円も持たずに無駄話をしていく「非効率」な酒屋。
その狭間で見つけたのは、これからの時代を生き抜くための、意外な「店主の在り方」でした。
静まり返った店内で、常連客・チュルさんと語り合った、夜の反省会(という名の作戦会議)。
少しだけフサフサになった頭で考えた、焼き鳥屋の小さな哲学をお届けします。
(カランコロン……)
チュル「うぃーっす。大将、今日も静かだねえ。指宿の街ごと誰かに誘拐されたんじゃねえの?」
オヤジ「おう、チュルさんいらっしゃい。いや本当、笑っちゃうくらい人がいないよ。実はさ、昨日の客数、何人だったと思う?」
チュル「え? まさか……片手で数えられるとか?」
オヤジ「指一本だよ、一本。たったの一人」
チュル「ぶっ! マジで!? 仕込みした肉たちが泣いてるぜ」
オヤジ「そうなんだよ。しかもさ、その唯一のお客さんがすごかったんだ。夕方ふらっと入ってきて、俺の『いらっしゃいませ』もスルーして、第一声が『トイレどこ?』だぜ」
チュル「うわぁ、ドライだねぇ。最近の若いもんか?」
オヤジ「いや、それが中年男性なんだよ。で、席に着くなりスマホずっとポチポチしててさ。大ジョッキと焼き鳥と豚足を、味わうっていうか『作業』みたいに腹に入れて、最後はPayPayで『ペイペイ♪』って鳴らして風のように去っていった」
チュル「……会話なしかよ」
オヤジ「ゼロ。俺の手元に残ったのは、スマホの決済画面と、静まり返った店内だけ。現金も会話も温度も、なーんも残らなかった」
チュル「なんか寂しいねぇ。便利になったけどよ、人間味がねえな」
オヤジ「だろ? 俺も『今日これで終わりかよ』って凹んでたんだよ。そしたらさ、その後に酒屋のあいつが集金に来てさ」
チュル「ああ、あの調子のいい兄ちゃんか」
オヤジ「そう。あいつ、俺が『今日はPayPayだけで現金ないから、支払いは後日で』って言ったらさ、帰ればいいのに『外、誰も歩いてないっすね、ヤバいっすね』って座り込んでさ。そこから40分も喋っていったんだよ」
チュル「40分!? 仕事しろよ(笑)」
オヤジ「全くだよ(笑)。でもさ、誰かの不倫話とか、店長のハゲ話とか、くだらない話をゲラゲラ笑ってしてたらさ……なんか救われたんだよな」
チュル「救われた?」
オヤジ「うん。さっきのPayPay客との『効率的だけど冷たい取引』の後だったからかな。酒屋との『非効率で無駄な時間』が、すげえ温かく感じてさ。一円にもならないけど、心のエネルギー充電できたっていうか」
チュル「へえ、大将にしては詩的なこと言うじゃん。暇すぎて頭おかしくなったか?」
オヤジ「失礼な(笑)。でも真面目な話、俺決めたんだよ。もう『ヒマだ』ってジタバタすんのやめる」
チュル「ほう? 諦めたか?」
オヤジ「違うよ、『仕込み』に変えるんだよ。客がいない静かな時間は、神様がくれた『クリエイティブタイム』だ。MacBook広げて、AIで新しいMV作ったり、こうやって思考を深めたりする。今の俺には、焼き鳥以外にも武器があるからな」
チュル「なるほどな。客が来ないなら、その時間で未来の客を呼ぶための種まきをするってわけか。……なんか大将、最近自信満々だな」
オヤジ「わかるか? 昔みたいに酒飲んで傷の舐め合いもしないぜ。だって見てみろよ、この頭」
チュル「あん? なんだよ急に」
オヤジ「リアップで復活した、このフサフサの髪を! 生命力の塊だろうが!」
チュル「……チッ。そこだけはムカつくな。俺の頭は相変わらず『店内照明の反射板』だっていうのによ」
オヤジ「ハハハ! 悪い悪い。ま、チュルさんのそのツルツル頭も、店が明るくなって省エネに貢献してるってことで」
チュル「うるせえよ! ……ま、でも大将が元気そうで安心したわ。PayPayの音より、こうやって無駄口叩いてる方が酒もウメェしな」
オヤジ「違いない。さ、今日はチュルさんのために最高に非効率で手間のかかった焼き鳥、焼きますか!」
チュル「おう、頼むわ! あと、そのAIで作った動画とやらも見せてくれよ」
オヤジ「お安い御用だ。……静かな夜も、悪くないだろ?」
(ジュウウウ……炭火に肉汁が落ちる音が、静かに響き始めた)
時代が変わろうと、AIを使おうと、髪が生えようと、俺のやることは変わらない。 この煙と匂いの中で、俺は今日も串を焼く。
今日も今日とて、やきとりです。