いつものカウンターで、いつもの常連・チュルさんがレバーを頬張っている。 スキンヘッドが店内の照明を反射して輝く、平和な夜だ。

炭火のパチパチという音だけが響く中、俺はふと、今朝から抱えていたモヤモヤを彼に話したくなった。

これは、とある焼き鳥屋の店主と、筋肉隆々の常連客による、ちょっと真面目な夜話。

オヤジ 「……なぁ、チュルさん」

チュル 「ん? どうしたのオヤジさん、急に改まって。また新しいAIの話?」

オヤジ 「いや、今日はちょっと真面目な話。今朝さ、朝飯に母ちゃんが作ってくれたハンバーグ食いながら本読んでたんだけど……いきなり本の中から平手打ち喰らった気分になったんだよ」

チュル 「平手打ち? ハンバーグ食ってる時に?」

オヤジ 「ああ。(パシッ!)ってな具合にな。そこにこう書いてあったんだ。『答えがなければ、ビジネスはただの集金活動になってしまう』って」

チュル 「集金活動……。夢のない言葉だねぇ」

オヤジ 「だろ? その4文字が妙に冷たくて、生々しくてさ。もちろん『ミッション』だの『ビジョン』だの、ビジネス書にゃよく書いてあるけど、正直めんどくせぇと思ってたんだ。でも以前、一度だけ真剣に考えたことがあってさ。その時の答えが、『小学1年生の自分が、ビッグスマイルになる焼き鳥を焼くこと』だったんだ」

チュル 「へぇ、小学1年生のオヤジさんが。なんでまた1年生なんだい?」

オヤジ 「俺の親父も焼き鳥屋だったからさ。昭和43年生まれの俺にとって、学校帰りの風景にはいつだって親父の店があったんだよ」

チュル 「いい時代だねぇ」

オヤジ 「店の近くまで来ると、炭とタレの焦げるたまんねぇ匂いがしてくるんだ。その匂いを嗅いだ瞬間、俺はもう犬みたいにダッシュしてたよ。ランドセルの中の筆箱やら教科書やらを、ガチャガチャいわせながらな」

チュル 「ははは! 筆箱の音、聞こえてきそうだわ」

オヤジ 「店に着くと、煙の向こうで親父が汗だくで焼いててさ。俺の顔見ると、くしゃっと笑って『ほら、食え』って焼きたてを一本くれるんだ。ハフハフ言いながら食うその一本に、親父の『おかえり』が全部詰まってた。あの瞬間の幸福感、あのビッグスマイルこそが俺の原点なんだよ」

チュル 「なるほどね……。今のオヤジさんの焼き鳥のルーツはそこにあるわけだ」

オヤジ 「そう決めたはずだったんだ。……なのに今朝、あの問いを見てギクッとしちまった。なんでだと思う?」

チュル 「なんでだ?」

オヤジ 「俺が忘れっぽいから? それもある。でも違うんだ。毎日商売って戦場で泥まみれになってるうちに、『大人の事情』ってノイズがうるさくなりすぎちまったんだよ」

チュル 「大人の事情、ね」

オヤジ 「原価率だの回転率だの……毎晩レジ締めながら数字と睨めっこしてると、親父の背中じゃなくて通帳の残高ばっかり見ちまう。世間じゃ『飲み放題3800円!』とかやってるだろ? あれ見ると、頭の中で計算機が弾かれるんだよ。『うちもやった方が効率いいんじゃねぇか?』って」

チュル 「まぁ、安いに越したことはないっていう客もいるからな」

オヤジ 「そこで悪魔が囁くわけよ。『時代はコスパだよ』『こだわってる場合か』って。でもな、そこでハッとしたんだ。……あの日の親父は、俺に『集金』するために焼き鳥焼いてたか?って」

チュル 「……そりゃ違うだろうな」

オヤジ 「絶対に違う。『将来面倒見てもらおう』なんて計算して焼いてねぇよ。親父が焼いてたのは『愛』だ。渡してくれたのは『記憶』だ。だから50年経っても味を覚えてる。もし俺が、効率だけ考えて魂のない焼き鳥焼いたらどうなると思う?」

チュル 「どうなる?」

オヤジ 「食べた子供は50年後にその味を覚えちゃいない。『安かったね』とは言うかもしれないが、それはただの『カロリー摂取』だ。心の栄養にはならねぇんだよ」

チュル 「うわ、きっつい言葉だな……カロリー摂取。筋肉には大事だけど、思い出にはならんか」

オヤジ 「だろ? だから俺、心の中の『小1の俺』に聞いてみたんだ。『客寄せの飲み放題で出てくる焼き鳥、ワクワクするか?』って。そしたらアイツ、鼻で笑ってこう言ったよ。『おっちゃん、何言ってんの? 俺が食いたいのは、あの日のお父さんの焼き鳥みたいに、一口食ったら世界が輝くやつだよ!』って」

チュル 「……厳しい審査員だなぁ(笑)」

オヤジ 「おかげで目が覚めたよ。俺がやるべきは『おいしい』の探求だ。それは言ってみれば、親父への追伸みたいなもんだよ」

チュル 「追伸?」

オヤジ 「ああ。『父ちゃん、昨日のもウマかったけど、今日の焼き加減ならもっと小1の俺は笑うぜ』って、記憶と対話しながら質を高めていく。それが俺の仕事だ」

チュル 「……いい話だ。じゃあ、今朝の本の問いかけは、オヤジさんを責めるもんじゃなかったんだな」

オヤジ 「そう。あれはテストじゃない。自分を縛る鎖でもない。ガス欠寸前の自分を救う『給油所』だったんだよ。商売やってりゃ心も折れるしブレる。だから毎日そこに立ち寄って、『今の自分、親父の味から逃げてねぇか?』って確認して、満タンにする。そのための儀式なんだな」

チュル 「へぇ……給油所か。そう考えると、この店のカウンターも俺にとっては給油所みたいなもんだな」

オヤジ 「うまいこと言うねぇ。……さて、チュルさんのタンクも満タンにするために、もう一本、最高のを焼かせてもらいますか」

チュル 「頼むよ。カロリー摂取じゃなくて、心の栄養になるやつをね!」

オヤジ 「あいよ! 今日も今日とて、やきとりです!」