昨日、仕込みをしながらAudibleを聴いていた。
静かな店内で、イヤホンから流れてくる言葉に耳を傾ける。手元では単調な串打ちやタレの継ぎ足しを続けながら、頭の中では「なるほどなぁ」と自分の三十三年の焼き鳥屋人生と重ね合わせていた。その日、ふと流れてきたあるエピソードに、ぼくは思わず手を止め、深く考え込んでしまった。
それは、「人間は困っている時や、気弱になって深く沈んでいる時、無意識のうちに呼吸が極端に浅くなっている」という話だった。
何か不安な出来事があるから胸が苦しくなる、とぼくらは錯覚しがちだ。しかし実際は逆で、恐怖で身体が「戦闘モード」に入るから、無意識に自分で息を止めてしまって、物理的に酸素不足になって苦しくなるのだという。この当たり前のような体の反応が、実はぼくらの「生き方の不器用さ」をそのまんま表しているんじゃないかと思った。
著者はこのメカニズムを、「スキューバダイビング」に例えて説明していた。
恐怖にとらわれた人は、初心者がスキューバで水の中に顔をつけた瞬間に「無意識に息を止めてしまう」のと同じ状態なのだそうだ。
背中には、数十分は余裕で持つ十分すぎるほどの酸素がある。口には空気を吸うための道具を咥えていて、息ができないはずはない。にもかかわらず、本能的な恐怖心が勝って、背中に背負った最新のボンベを「信頼」することができない。その結果、自ら酸素を遮断して、もがき、自分で自分を苦しめてパニックを起こす。ボンベという確実な命綱があるのに、それを使わずに溺れていくんだという。
対照的に、水に慣れたベテランダイバーは恐怖心がないから、背中のボンベを完全に信頼しきっている。陸上にいるときと全く同じように深く息を吸い込み、海の中を自由に飛び回ることができる。
この話を聞いた時、ぼくは自分自身のこれまでの人生と、焼き鳥屋としてカウンターに立ち続けてきた日々を重ね合わせずにはいられなかった。
ぼくらは皆、巨大な海の中で「息を止めて溺れるダイバー」になっていないだろうか。
現代社会においてぼくらを襲う恐怖はいろいろある。
自営業であれば、今日の売上が全く立たないかもしれないという不安。月末の支払いが間に合うかという生々しい資金繰りの恐怖。
会社員であれば、将来への漠然とした経済的不安や人間関係のストレス。あるいは、五十代、六十代と年齢を重ねるにつれ、徐々に自分の心身が衰えていくことへの根源的な恐怖。
こうしたお金や将来の「恐怖」に少しでも直面した時、人間の身体は生存本能で急激に変化する。太古の昔、サバンナでライオンに遭遇した時と同じように、脳は瞬時に「戦闘モード」のスイッチを入れるそうだ。
肩は上がり、筋肉は硬直する。そして何より、呼吸が極端に浅くなる。視野が針の穴のように狭くなり、周りの状況を冷静に見る余裕なんて完全になくなってしまう。
問題は、現代のぼくらが怯えている恐怖の対象は、走って逃げ切れば済む目の前のライオンではないということだ。
通帳の残高の減り具合や、クレジットカードの支払い、何千万もいるという老後資金など、目に見えない将来の不安は実体がない。
だから、どれほど全速力で働いて走って逃げたところで、決して振り切ることはできない。常に背後にピッタリと張り付いている。
その結果どうなるか。ぼくらは一年三百六十五日、常に戦闘モードのスイッチを入れたまま、肩に力を入れ、無意識のうちに呼吸を浅くし、息を止めて生きてしまっているのだ。
常に「なんとか自分の力だけで解決しなければ」「もっと稼がなきゃ」と力み、自ら酸素の供給を止めて、苦しいと喘いでいるんだと思う。
では、水に潜る我々の背中に背負っているはずの「ボンベ」とは、一体何なのだろうか。
資本主義社会という巨大な海において、我々の背中にあるボンベの中身。
それは間違いなく**「お金に働いてもらう仕組み(=投資)」**というボンベだ。
国が用意したNISAという制度や、スマホ一つでアクセスできる証券口座。これは、ぼくらが経済的な海を自由に泳ぎ回るためにもたらされた、最新式の酸素ボンベそのものだ。
しかし、かつての五十代のぼくを含め、多くの同世代のオヤジたちは、この強力なボンベを使おうとしない。見栄やプライドという分厚い鎧を着込んでしまう。
なぜか?
「投資=ギャンブル」「投資=借金を背負う怖いもの」という、得体の知れない水に対する極度の恐怖心があるからだ。
「自分には難しすぎる」「どうせ騙される」と、背中にある最新のボンベのバルブを自ら固く閉めっぱなしにして、まったく「信頼」していないのだ。
その結果、どうなるか。
ただひたすら自分の労働力(体力と時間)だけを頼りに、水の中で息を止めながらモガキ苦しんで、少しずつ沈んでいく。「このままだと溺れる」「どうしようもない」と絶望しそうになった時こそ、取るべき行動は一つしかないと思う。
もがくのをやめることだ。
焦りや不安に駆られている時、人はしばしば「足し算」で解決を図ろうとする。もっと長く働かなければ。もっと無理をして節約しなければ。
しかし、恐怖で息が止まっている状態の人間に、どれほど質の高い知識を与えても、それを飲み込むことはできない。
今必要なのは「引き算」なんだ。余計な力を抜き、身体の硬直を解き、ただ「深く呼吸をする(=仕組みに頼る)」こと。
ボンベを「信頼」するためのたった一つの条件
でも、一度も使ったことがないボンベを、いきなり信頼しろと言われても無理な話である。
恐怖心を取り除くためには、そのボンベが**「圧倒的に使いやすいこと」**、そして**「困った時にすぐ助けてくれるインストラクターがいること」**が必要不可欠だった。
投資アレルギーで、画面の小さな文字も見えづらくなってきた老眼の57歳。
そんなぼくが、ようやく恐怖を手放し、背中のボンベから大きく息を吸い込むことができたのは、**DMM証券**という”機材”に出会ったからだ。
DMM証券がなぜ、ぼくのようなビビりのオヤジにとって最高のボンベだったのか。
理由は極めてシンプルだ。
1. 手書き伝票からiPadレジに変えた時と同じ「直感的な操作性」
投資のアプリと聞くと、アルファベットや数字がズラッと並んだ難解な画面を想像していた。
しかしDMM証券のスマホアプリは、拍子抜けするほどシンプルだった。直感的に「ここを押せばいい」が分かる。
複雑な操作がいらないから、余計なパニックを起こさずに済むのだ。
2. 24時間頼れる「LINEサポート」という専属インストラクター
これが一番大きかった。何かトラブルがあったり、操作が分からなくなった時、DMM証券は**LINEで質問ができる**のだ。
電話をかけて「ただいま大変混み合っております」というアナウンスにイライラすることもない。普段、常連のお客さんとやり取りしているのと同じLINEで、分からないことをすぐに聞ける。
この安心感は、初心者がボンベを信頼する上で計り知れないほど大きい。
3. 「DMM」という圧倒的なブランドの重み
誰もが知っている大企業が運営しているという事実。これは、得体の知れないメーカーのボンベを背負わされるのとはわけが違う。万が一の時もしっかりとした基盤があるという安心感が、呼吸をより深くしてくれた。
まずは「浅瀬」で、一回だけ息を吸ってみませんか?
投資というと、いきなり退職金や貯金の何百万円という大金を海に投げ込むようなイメージがあるかもしれない。だから怖いのだ。だから息が止まるのだ。
でも、スキューバダイビングでいきなり水深数十メートルの深い海に潜るバカはいない。
まずは足のつく「浅瀬」で、顔を水につけ、ボンベから空気が吸えるかどうかの練習をするはずだ。
DMM証券なら、その「浅瀬での練習」ができる。
いきなり大金をつぎ込む必要はない。
毎日の仕入れの「串一本分」、あるいはビール一杯分の数百円、数千円という少額から、ボンベを通した呼吸の練習ができるのだ。
目を閉じて、自分の背中にあるボンベの重みを意識してみる。酸素(投資という仕組み)は、ちゃんとそこにある。ボンベのバルブはいつでも開いているのだ。
自分が今までやってきた泥臭い努力、不器用ながらも真剣に向き合ってきた時間を、もう少しだけ信頼してみる。
「世界(経済)は、ぼくが思っているほど冷酷な敵ではない」と、一度だけ自分を開き、身を委ねてみるのだ。
「自分の労働力だけで歯を食いしばって生きている」のではなく、「資本の循環によって生かされている」という感覚へのシフト。それこそが、背中のボンベから酸素を体内に取り込む瞬間である。
もし今、この記事を読んでいるあなたが、毎月の支払いなど漠然としたお金の不安で胸がつかえているのであれば。将来のことでモヤモヤし、視野が狭くなっていると感じているのであれば。
どうか一回だけ、深く、底から息を吸ってみてほしい。
肩の力を抜き、お腹の底からゆっくりと空気を吐き出し、そして新しい空気を胸いっぱいに吸い込む。
スキューバダイビングのボンベを信頼し、深い海の中に静かに身を委ねるように。
深呼吸を一つするたびに、戦闘モードで硬直していた身体にわずかな隙間が生まれ、そこへ新しい思考とお金の流れが入り込んでくるはずだ。
苦しい状況をひっくり返し、世界を味方につけるための最強の方法は、ただ「息を吐く(=手放す)」という、この極めてシンプルな行動の中にあるんじゃないかと思う。
※恐怖を手放して、新しいボンベを手に入れるのは無料です。まずは浅瀬に立つところから始めてみませんか。
ぼくは今日もまた、深呼吸をして、余計な力を抜き、焼き鳥屋のカウンターに立つ。
恐怖を手放し、深い呼吸と共に焼かれた焼き鳥は、間違いなく人生を変えるほど美味い味がするはずだ。
**今日も今日とて、やきとりです。**