昨日、店を開ける直前にやらかした。

夕方5時ギリギリに開店準備が終わって、予約なしの月曜日だし、まぁいっかと思って、コンビニで買ったカルビ弁当をレンジでチンした。あったまった弁当のフタを開けると、タレのいい匂いがした。よし食うぞ、と思って一口あーーんと大きく口を開けた、その瞬間。

戸が開いた。

「駐車場はそこでいいの?」

慌てて口を押さえながら「そうですよ」と答えた。気まずい。めちゃくちゃ気まずい。33年やってて、いまだにやる。

ぼくは焼き鳥屋だ。自分の店で、自分が焼いた焼き鳥じゃなくて、コンビニのカルビ弁当を食べようとしていた。しかも開店5分前に。まぁでも、ワンオペってそういうもんだ。仕込みと掃除と準備を全部一人でやっていたら、ゆっくり飯を食う時間なんてほとんどない。33年間、こういう瞬間を何度繰り返してきたかわからない。

しかし、口を大きく開けたその瞬間に客が来るのはなんでだろう。箸を持ったとき、トイレに入ったとき、一番気を抜いた瞬間に限って戸が開く。電話が鳴る。神様がわざとやってるんじゃないかと思う。33年間そう思い続けているのに、いまだに学習していない。それがぼくだ。

駐車場に車を停めて入ってきたのは男女4名様。言葉の感じから、台湾か中国のお客さんだと思った。注文票が出てきた。チロリロリンと、長い。鶏のたたき、唐揚げ、サラダ、また唐揚げ、ポテト、焼きおにぎり、串がおまかせで32本。よほどお腹が空いているんだな、と思いながら焼き鳥の準備を始めると、またチロリロリン。ドリンクの注文か、と思って見てみると。

コーラ 1

え、もう一回見た。どう見てもコーラ1。4人でコーラ1本。

感じ悪いな、なめてるな、と正直思った。

飲食店をやっていると、たまにそういう瞬間がある。料理はがっつり頼むのにドリンクを頼まない、あるいはお水だけ、という注文の仕方をするお客さんがいる。別に悪いことじゃない。でも長年やっていると、なんとなく「うーん」と思う感覚が出てくる。これがいけなかった。

でも、笑顔でコーラを出して焼き鳥を焼いた。32本ともなると長いお皿でもパッツンパッツンになる。落とさないように丁寧に盛り付けて、テーブルまで運んだ。

すると。

さっきまで「なめてるな」と思っていたお客さんたちが、子供みたいな顔になった。目をまんまるくして、串の皿をじっと見つめて、みんなで写真を撮りまくっていた。焼き鳥を頬張る表情がまたいい。みんな本当に嬉しそうだ。帰り際、全員が笑顔で親指を立ててグーって言ってくれた。

なんだ、めっちゃいいお客さんじゃないか。

あの瞬間、ちょっと反省した。

コーラ1本という注文の形だけ見て、その人たちの中身を決めつけていたな、と。32本の串を前にして目をまんまるくする、あの顔が本物だった。先に「なめてる」と決めてかかっていたら、あの瞬間の感動は半分以下になっていたと思う。笑顔で出し続けて、本当によかった。

「コーラ1本」という情報だけで、4人の人間を丸ごと判断しようとしていた。その一面だけで全部わかった気になっていた。それがどれだけもったいないことか、あの子供みたいな笑顔を見て改めて気づかされた。

実はこれ、最近お金のことを考えていて感じることとまったく同じだ。

ぼくはずっと「飲食店の稼ぎだけで十分だ」と思っていた。自分の腕で、自分の店で、お客さんに喜んでもらって、その対価でやっていく。それが一番まっとうだと。33年間、その一本でやってきた。

でも正直に言うと、不安がないわけじゃなかった。

ワンオペの飲食店は、ぼくが倒れたら終わりだ。台風が来ても、コロナが来ても、お客さんが来ない日が続いても、家賃と仕入れは待ってくれない。「自分の腕一本で食っていく」というのは格好いいけど、裏を返せば「その一本が折れたらおしまい」ということでもある。

そんなとき、ふと思った。これって、もも串一本だけで勝負しているようなもんじゃないか、と。

もも串は最高だ。33年焼いてきたぼくが言うから間違いない。でも、つくねも砂肝もレバーも合わさって初めて「串盛り」になる。どれか一本じゃなくて、盛り合わせで頼んでこそ、焼き鳥の本当の楽しさがわかる。

お金も同じだった。店の売上だけに頼る「もも串一本」の生き方から、もう一本、二本と別の串を増やしてみたらどうだろう。

それで始めてみたのがFXだった。

最初は正直めちゃくちゃ怖かった。投資なんて縁のない世界だと思っていたし、「焼き鳥屋が投資なんて」と自分でも笑えた。でもやってみたら、意外とぼくの仕事と似ているところがあった。

焼き鳥は、火加減とタイミングが命だ。強すぎたら焦げる。弱すぎたら生焼け。その日の炭の状態、肉の大きさ、気温、湿度。全部を見ながら、ちょうどいいところを見極める。FXも同じで、相場の動きを見ながら、エントリーするタイミングと引くタイミングを判断する。「ここだ」と思って入って、「ここまで」と思って出る。33年鍛えてきた「火加減の感覚」が、意外なところで生きている気がする。

もちろん、失敗もある。焼き鳥だって33年やっていまだに失敗する。調子に乗って目を離したら焦がす。FXも同じで、欲をかいたら痛い目を見る。でも、小さく始めて、少しずつ覚えていけばいい。焼き鳥を最初からうまく焼ける人はいない。投資だって同じだ。

ぼくが使っているのはDMM FXなんだけど、これが焼き鳥屋のぼくでも使いやすかった。スマホでパッと見られるし、操作もシンプル。仕込みの合間にチラッとチャートを確認して、夜の営業が終わってからじっくり考える。ワンオペで時間がない生活でも、無理なく続けられている。

思い返せば、人間関係もそうだ。

お客さんも、最初の一面だけで判断したら損をする。コーラ1本のお客さんが、実は最高の笑顔をくれる人だったように。コンビニ弁当を頬張ろうとした瞬間に入ってくるお客さんも、最初は「よりによってこのタイミングで」と思う。でも結果的に、その人との時間がその日一番の思い出になることもある。

逆に、最初すごく愛想がよくても、後から「あれ?」と思う人だっている。

人を「この人はこういう人だ」と一本の串で決めつけていると、その人の串盛りが見えなくなる。もも串だけで判断したら、その人のつくねも砂肝もレバーも、全部見逃すことになる。

大事なのは、決めつけないこと。

「コーラ1本」でも「飲食の稼ぎだけで十分」でも「串もの一本で満足」でも、それだけで全部わかったつもりになるのが一番もったいない。

ぼくたちはどうしても「一言で人を表したい」「一つの答えに落ち着きたい」という気持ちがある。その方がラクだからだ。でも、人もお金も、そんなに単純にできていない。一面だけ見て全部わかったつもりになった瞬間、その先にある本当の面白さへのドアが閉まる。

33年、焼き鳥を焼いてきた。

毎日同じことの繰り返しに見えて、実は毎日違う。お客さんが違う、天気が違う、自分のコンディションが違う。一本一本の串を丁寧に焼いていると、今日もまた新しい発見がある。33年間、毎日串を焼いてきて、まだ飽きないのはたぶんそういうことだと思う。

「串盛り」というのは、一本の串が何種類も集まって初めて完成する。もも、つくね、砂肝、レバー、ネギマ。それぞれが違う味で、違う食感で、互いを引き立て合う。どれか一本だけじゃ、串盛りにはならない。

お金の稼ぎ方も、串盛りでいこうと思う。店の売上というもも串に、FXというつくねが加わった。一本だけ見て「これがすべてだ」と思った瞬間が、一番危ない。

一本じゃわからない。盛り合わせで初めて、本当のうまさがわかる。

カルビ弁当を頬張れなかったあの瞬間も、コーラ1本のお客さんの丸い目も、FXのチャートを見ながらニヤッとした夜も、全部ぼくの串盛りだ。先入観を手放したとき、人生はもっと面白くなる。

そういえば今日の開店直後に口を押さえながら「そうですよ」と答えたあの瞬間も、振り返ってみれば笑える一本の串だ。ぼくの33年間は、そういう串がずらっと並んだ、なかなかにぎやかな串盛りだと思う。

今日も今日とて、やきとりです。

**ぼくが使っているDMM FXはこちら。スマホで簡単に始められます。**



※投資にはリスクがあります。余裕資金で、ご自身の判断と責任のもとで行ってください。